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福岡地方裁判所 平成6年(ワ)1636号 判決 1995年7月28日

原告

右代表者法務大臣

前田勲男

右指定代理人

幸良秋夫

外四名

被告

千代田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

鳥谷部恭

右訴訟代理人弁護士

熊谷秀紀

若江健雄

主文

一  被告は、原告に対し、金七二四万九八七〇円及びこれに対する平成六年二月一六日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告の請求

主文同旨

第二  事案の概要

一  争いのない事実及び括弧内の証拠により容易に認められる事実

1  被告は、保険業等を行う株式会社であるが、平成二年一二月二一日、河野直輔(以下「河野」という)との間で、次のとおりの所得補償保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した(争いのない事実)。

(一) 保険契約者及び受取人

河野

(二) 保険期間 平成二年一二月二一日から平成一一年一二月二一日まで

(三) 満期返戻金 八〇〇万円

(四) 保険料(一回払)

七二四万七四四〇円

(五) 任意解約と解約返戻金特約

保険契約者は、保険者に対し、書面による通知により本件保険契約を解約することができる。その場合、保険者は領収済みの保険料から経過期間をもとに保険契約上定められた一定割合により計算した保険料を差し引いて、その残額である解約返戻金を保険契約者に返還する。

2  原告は、河野に対し、平成四年一月八日現在、別紙国税債権目録記載のとおり租税債権(以下「本件国税債権」という。)を有しているところ、徴収職員は本件国税債権を徴収するため、同日、国税徴収法六二条に基づき、本件保険契約から発生するすべての保険金支払請求権(保険金、満期返戻金、解約返戻金等)を差し押え、同日債権差押通知書を被告に送達した(甲一、三)。

3  徴収職員は、右被差押債権を取り立てるため、平成六年二月一五日、被告に対し、本件保険契約の解約の意思表示をした(争いのない事実)。

二  本件事案の要旨

本件は、以上の事実から、原告が被告に対して本件保険契約の解約返戻金七二四万九八七〇円(解約返戻金の金額については当事者間に争いがない。)及びこれに対する平成六年二月一六日(解約の翌日)から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を請求する事案である。

三  争点(差押債権者たる国による本件保険契約の解約の可否)

原告は、国税徴収法六七条一項の取立権に基づき徴収職員が本件保険契約を解約することは可能であると主張し、被告は、次のような論拠に基づき右解約は許されないと主張する。

1  国税徴収法六七条一項は、徴収職員に自己の名において取立手続をとる権限を与えたに過ぎず、徴収職員が被差押債権が発生する基本の法律関係を処分する権限までは認めていないので、本件保険契約の解約は許されない。

2  本件保険契約は、傷害による死亡後遺障害担保特約付きの所得補償保検であり、保険金受取人の生活保障あるいは社会保障の補完的意味合いを強く持っているものである。したがって、仮に徴収職員に被差押債権が発生する基本の法律関係の処分を認めるにしても、本件保険契約の内容、種類に照らして考えるならば、本件保険契約の継続、解約の意思決定については保険契約者である河野の意思を尊重すべきものであるから、徴収職員には本件保険契約の解約権はないといわなければならない。

3  本件取立訴訟においては、本件保険契約の解約に利害関係を有する河野が訴訟に関与する機会が与えられていないから、仮に徴収職員の本件保険契約の解約を許して、本件取立訴訟において第三債務者である被告が支払を強制されると、被告に二重払いの危険を負担させることとなって不当である。

4  河野は、平成二年一二月二〇日、西日本信用保証株式会社(以下「保証会社」という。)の保証のもと、西日本銀行株式会社から保険料全額を借り入れ、保証会社は、河野に対する求償権担保のため、河野が被告に対して有する解約返戻金を含む本件保険契約から生じるすべての保険金請求権について質権を設定した。その際、河野は保証会社に本件保険契約の解約権の代理権を付与しているので、このような担保の意味を持つ代理権付与がある場合には、保険契約者である河野が勝手に右解約権を行使することは許されない。たしかに、右解約権の代理権付与の通知は平成二年一二月二〇日になされ、その確定日付は各国税債権の法定納付期限後の平成三年一一月一五日であるが、右代理権付与については、国税徴収法一五条の適用はないというべきである。したがって、徴収職員は、債務者である河野の有する権限以上のものを行使し得ないから、本件保険契約を解約できないことになる。

第三  争点に対する判断

一  本件保険契約において、いつでも保険契約者が書面により保険契約を解約でき、その場合、保険契約者は、あらかじめ定められた割合により、既払保険金の一部(解約返戻金)の返還を受けることができる旨の特約が存することは、当事者間に争いがない。この特約は、本件保険契約が保険期間の中途で終了した場合、保険者は保険料の対価であるその後の保険給付を免れることになるから、既払保険料のうち実質的前払部分の全部または一部を清算して払い戻すというものである。このような解約返戻金請求権の内容をみると、これは保険契約者の解約の意思表示を停止条件とする一定額の給付を目的とする純粋な金銭債権に外ならず、当然に債務者の責任財産を構成するものであると評価するのが相当である。一方、国税徴収法六七条一項は、債務者(滞納者)の責任財産を構成する被差押債権について徴収職員に強制的な取立権限を与えている。したがって、この規定によって、徴収職員は、取り立てのために必要な、債務者(滞納者)の有する権利と同一内容の権利を行使することができることになり、被差押債権について、債権回収を可能ならしめるに必要な権限を付与されたものというべきであるから、その意味において、民事執行法における差押債権者と同様に、被差押債権に関する解約権などを行使することを認めたものと解するのが相当である。そうすると、本件において、原告は、国税徴収法六七条一項に基づき、その徴収職員が債務者(滞納者)である河野の有する本件保険契約の解約権を行使した結果、その解約返戻金請求権を取得したものと認めるのが相当である。

二 これに対し、被告は、本件保険契約の内容等を理由に、徴収職員に本件保険契約の解約権の行使を認めるべきではないと主張する。確かに経済的にみて、本件保険契約に被告が主張するような河野の生括保障的機能が認められるにしても、保証会社に解約権の代理権を与えて解約返戻金請求権を実質上担保に供している事実からも窺われるように、本件保険契約における解約返戻金請求権等が担保のために利用されていることは否定できず、しかも、本件保険契約による解約返戻金請求権は国税徴収法が規定する差押禁止債権とは解されない上、その前提である本件保険契約の解約権も債務者(滞納者)の一身専属権とは解さないことも明らかである。してみると、本件保険契約の内容等を理由にした右被告の主張は採用できないといわなければならない。

次に、被告は、徴収職員に本件保険契約の解約を許して、本件取立訴訟において被告が支払を強制されると、被告に二重払いの危険を負担させることとなって不当である旨主張する。しかし、この二重払いの危険は被告において具体的には本件保険契約の約定内容によってこれを回避することは可能である反面、この危険を理由に徴収職員による解約を否定することは、私法秩序との調整を図りつつ、合理化された徴収手続きにより国税収入を確保するという国税徴収法の目的(同法一条)にそわないことになって不相当というべきであるから、被告の右主張も採用できない。

さらに、国税徴収法一五条の規定によれば、本件において、保証会社が河野から質権設定に関して確定日付を取ったのが本件国税債権の法定納付期限後であることについては当事者間に争いがないから、保証会社が右質権設定を原告に優先できないことは明らかである。したがって、徴収職員は、右質権設定に付随して行われた、河野から保証会社に対する本件保険契約の解約権の代理権付与にかかわらず、本件保険契約の解約権を行使できるというべきである。この点に関し、被告は、本件において、河野から保証会社に対する本件保険契約の解約権の代理権付与については国税徴収法一五条の適用はない旨主張するが、そもそも保険契約者である河野が質権者である保証会社に右解約権の代理権を付与するのは、保証会社の右質権の担保力を保持するためであるから、この代理権付与に右質権から独立した保護すべき利益は存しないというべきであり、被告の右主張も採用できない。

第四  結論

以上のとおり、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容する。

(裁判長裁判官中山弘幸 裁判官渡邉弘 裁判官松葉佐隆之)

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